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(170) 三太缶詰の「盛り籠」

おかあ、思い出した――ゴロー先輩を乗せて走り回ってたころ、缶詰を詰め合わせてリボンをかけた、贈り物用の手提げ籠を見たことがあった。
あれって、何だったんだろ?
茨城県や千葉県の読者数人にアンケートしてみた。


茨城県取手市・古河市・境町、千葉県の柏市・野田市で、
「『盛り籠』でしょう。お葬式に、故人の身近な人から贈られて祭壇に飾ります。お見舞い用もあるし、お祝い事や法事の時も、籠の色を変えてリボンや花飾りを変えて、贈答されています」という回答をもらった。
茨城県古河市の「さくらの友」さんからは、平成19年1月のお葬式の祭壇に飾ってある写真(※)も見せてもらった。

「葬式の「盛り籠」(茨城県古河市、2007年1月)」
葬式の「盛り籠」(茨城県古河市、2007年1月)

金色の花に縁取られているのが、『盛り籠』、中に入ってるものは、サラダオイル・醤油・酒・果物の缶詰類(魚肉缶は入ってませんでした)。『盛り籠』の下は1袋30kgの米袋、一番左下はビールケース。その上の箱は清酒2本。
『盛り籠』は、四十九日法要まで自宅に飾っておき、お参りに来てくれた方たちにお分けするのだそうだ。


『盛り籠』の缶詰にゃ、おら、興味ねい。サラダオイル舐めたら化け猫だ、って言われるだろうし。
よその土地でも、お葬式の『盛り籠』ってあるのかな?



柏市さんから―

「アンケートを見て思いましたが、案外今でも缶詰って食べているのですね。私はほとんど食べませんが、手抜き料理には缶詰を使うという話を職場で聞いていました。
缶詰を食べる習慣があるかないかの違いがあるのかも知れません
あ〜缶詰、もっと早く教えて欲しかったよ〜。と恨めしく思いましたが、これからやってくる老後には缶詰は欠かせない食糧として確保することにしようと決めたのでした。
書いているうちに気付きました。家でも使う缶詰の定番があることに。コーンとツナ缶です。


それではちょっと早いですが良いお年を!」
(169) 三太ツナ缶

おかあ、掘り上げた土を、落葉の上に積む。おら、点検しながら踏み固める。
行政のいう「協働」はいかがわしいが、おらとおかあの協働はホンモノだ。
毎日少しずつ山が高くなる。噴火じゃなくて堆積だ、隆起かな、地学の先生、教えとくれ。
「完成!」
地下におおむね縦・横1m、深さ60センチの直方体、地上に高さ1mの円錐の落葉山だ。体積は・・・算数の得意なヒト、計算しとくれ。


おかあ、「むらき富士・第一」って名前つけた。春までに第二を造るらしい。
山頂に雪がないから、って、山腹に「雪の下」(※1)をびっしり100株以上も植えつけた。
6月頃咲く小さな花がとっても可憐だって。けど今は緑色の葉っぱばっかりだ。
おかあ、『赤富士』(※2)ならぬ『緑富士』だって、悦に入ってる。カネよか環境の時代だ、って。
お祝いだって、おらにツナ缶が回ってきた。



※1 ユキノシタの写真

※2「赤富士」は、画商の宣伝によると「古来より招福開運の吉祥画として尊ばれているのが 赤富士とざくろです。」
(168) 三太缶詰

杉並の猫おばさん
「三太くん、トーガンなんて食べるの? そんなもん食べて大丈夫なの?」



ダイジョブだ。トーガンで腹こわすこたねい。水っぽいから腹持ちはよくねいけど。


今日、おかあ、イワシの缶詰開けておらの目の前にさし出した。
99%は自分の分。おらにゃ1%と匂いばっか。
旨い! 砂糖と醤油で煮搦めた「大和煮」っていうのかな。
たまーにおとうがドッグフード缶を開けてくれたことはある。
イワシの缶詰は初めてだ。
どうした風の吹き回しだろ?
(167) 三太穴掘り

落ち葉の季節だ。
坂の上のケヤキも毎日盛大に葉を落とす。
昨日、道路側の落ち葉を袋に集めて持ち帰った。
今朝、ケヤキのうちのおばさんが、おらとおかあを呼び止めて、落ち葉を詰めた袋を二つも持たせてくれた。
こういうの、<落ち葉づきあい>って言うのかな。


11月、おかあの穴掘りの季節だ。
喪中はがきを気にしながら、せっせと掘る。
おらもせっせと点検する。
毎日、毎日、飽きずに掘る。
おらの上にも掘り上げた土投げてくる、おとう「泥まみれじゃないか」ってあきれてる。


おかあ、前世はモグラか、アナグマか。
来世、もしヒトに生まれたら、植木屋さんになるって。
「穴があったら入りたい」ってえ言葉があるんだと。
そっか、おかあ、一年中ためこんだ「入りたい」思いを果たすために、掘るんだ。
(166) 三太天高く・・・

皇帝ダリアが咲き始めた。高さ3メートル。
久しぶりに来たウグイスおばさん、頭の上を見てびっくり。
足の下を見て「三太くん、だったっけ? 太ってるねぇ」
おかあ、ガクッ。


おらこと、ジロジロ眺め回す。
確かに、太くなってる、テディベアみたいだ、って。
冬毛のせいだ、ってえのに。


おかあ、つらつら反省する。
毎日の三太めしの鍋、お米がひとつまみ多かった。
動物性食品が一口分多かった。煮干2、3匹多かった。
トウガン飯も、トウガンばっかりじゃあ、って、多めにお米と挽肉入れてた。
食が足りねいと、おらが凶暴になる、って、ついつい多めにしてきた。
おら、残す、なんてもったいねいことはしねい。毎食完食、修身の教科書を超えてる。


結果―天高く犬肥ゆる秋。

「太ってるねぇ」の一語で、おかあ、発奮。
立冬だ、ダイエットだ、だと。
(165) 三太現実の犬

おかあ、門扉をはさんで、カブト虫の木のオバサンと立ち話。足元のおらが目に入らねい。
いつまでやってんだ、腹減った、アタマ来た。
サンダルから離れた素足の先に実力行使、ガブッ。
「キャッ!」
不意をつかれて怒る、「何! この犬は!」
おらの前に立つときゃ、素足でサンダル履きは危険だ、ってこと、忘れてたおかあの注意義務違反だ。
現実は厳しいもんだ。


おとうが両手に大きな袋をさげて帰ってきた、相当重そうだ。
丘の上のオバサンから、「隣の畑やってる人からの、いただきもの」だって、でっかいトウガンが4個。〆て10kg。
夏に採れても「冬の瓜」って書くんだと。この秋一番の冷え込みの日にふさわしい貰いもの。
丘の上のオバサン、貰ったものの、皮が硬くて刃が立たない、って回してよこしたんだ。
おとう、出刃包丁持ち出してきて、犬小屋脇のテーブルに据えたトウガンに切りつける。
「いろいろ、『コンチクショー!』って気分で」
君子危うきに近寄らず。おらもおかあも、君子になる。


半分に割り、4分の1に割ったところで、おとう、リタイア。
代わったおかあ、皮をそぎ、タネを取り、おら用にワタを刻み・・・
おら、タネをかじってみる。生はうまくねい。
トウガン1個分が圧力鍋におさまったときにゃ、おかあ、へとへと。
今夜からあしたいっぱい、おらのメニューはトウガン飯だと。
(164) 三太まぼろしの犬

『まぼろしの小さい犬』(※1)は、ベン少年の、自分だけに見えるチワワ犬だ。
生の犬を飼ってもらえないベン少年の願望が凝り固まった犬。
名前はチキチト。
「ひじょうに活発で注意ぶかく、りこうで愛情ぶかい」。1匹で100匹のオオカミを倒す「大胆で、とてもとても勇敢」「いつでもいっしょ」
おかあ、おらの顔とチキチトの絵をしきりに見比べてる。


おかあ、こないだ見た「ウォレスとグルミット」(※2)を思い出す。
ビーグル犬のグルミットは、ヒトのウォレスの身の回りの世話を焼き、料理も編み物も得意だ。大学卒で電子工学の本を愛読し、ロケット操作もする。ウォレスのへまの尻拭いもやってのける。有能で忠実無比、とにかく頼もしい。
ただひとつ、グルミットにできないのはヒトの言葉をしゃべることだけ。


「理想の犬」像ってのは、要するに、ヒトに都合のいい犬ってえことか?
ベン少年は、オジイチャンがくれた犬ブラウンが、気に入らねい。大きさも色も、チキチトとは似ても似つかねい、臆病だし、って。


おかあも、そろそろ、現実のおらを直視すべきだ。



※1 フィリパ・ピアス作猪熊葉子訳『まぼろしの小さい犬』岩波書店、1989第一刷、2000第14刷
※2 「ウォレスとグルミット」 
(163) 三太読書の秋

図書館の若葉分館へ行く。窓の外は若葉の森だ。
おら、前は、木の実拾いに気が行ってて、館の中にゃ興味なかった(※1)。
この頃はまっすぐ、入口のガラス戸へ向かう。
おかあ、ひとりで入って行っちまう。
「犬は入るべからず」とはどこにも書いてねいが、おらの力じゃ入口のガラス戸を押し開けられねい。
しょうがねいから、ガラス戸越しに館内を観察している。
粘り強く続けていれば、「100m圏内の事物は透視できる」(※2)というゴロー先輩・実はGの超能力に近づけるかも。


その分館が、今月初めっから休館になっちまった。耐震工事のためだって。
おかあ、休館なる前に借りだめするんだって、せっせと予約入れた。
その上、こども室をめぐって借りられるだけ借りてきた。
毎日1冊ずつ返すなんて目標立てて、ムシャムシャ読んでる。
『まぼろしの小さい犬』(※3)ってえ本で、ぴたっと止まった、おらの顔見ちゃ、またページめくって考えてる。


まだまだ考え中だ。



※1 (60) 三太図書館めぐり
  ※2 60.ゴローのお仕事 SF編 
※3 フィリパ・ピアス作猪熊葉子訳『まぼろしの小さい犬』岩波書店、1989第一刷、2000第14刷
(162) 三太お嫁さん?

彼岸花が咲いた。秋だ―

おかあ、「なんでこう、時間がたつのが早いのかねぇ」
トシとると、時間がたつのが早い、って聞いたぞ。


残暑見舞いの続き―

(158) 三太七夕さま 読んで、猫のウメちゃんのオカーサンから―
「『縁結びの願』って、おかあ、自分のことだったの?
三太くんに、お嫁さんを、じゃないの?」


おかあ、まだまだ早い、って。
親ってえのは、自分の子はいつまでも子どもだ、って思ってるもんだ。


おら、博愛主義だ。
行き会う犬とは、オス・メスどっちとも挨拶する(※)。
けど、深追いはしねい、薄愛主義なのかも。
おかあ「まだ、運命の相手に出会ってないんでしょね」



(5)三太 ジェンダーフリー
(161) 三太ふた月遅れの七夕様

粒メシが続く。
二食、ハンストしたんで、やっと、おかあ、おらの好みじゃねい、って思い出した。
夕方、パソコン打つ手にしつこく絡まってやったんで、やっと、おかあ、食事くれるの忘れてた、って気がついた。


合宿の報告書、原稿締め切り日を過ぎること、まる二ヵ月。
幹事の七夕様が首長くして待ってる、もうロクロッ首になった頃だ。
資料が足りない、国会図書館へ行く。ぼーっと歩いてたら、都立中央図書館の前に立っていた。電車に乗り直す。全然方角違いだ、注意力が足りない。
データ見てると眠くなる、体力が足りない。
筆が進まない、構想力が足りない。
おらの見るとこ、おかあに足りないのは、「能力」だ。


ようやっと、できた。
七夕様へのお詫びにゴーヤを3個添えて、梱包する。
この夏、うちのグリーンカーテンにゃ、毎日1−2個のペースでゴーヤが実った。
おら、生のゴーヤは食わねい、何個あげても文句は言わねい。
一緒にコンビニへ行く。
発送したおかあ、ジャムパン買って出てきた。
「君におやつ」って、言いながら、半分以上は自分の口に入れちまった。


もらったままだった残暑見舞い、ようやっとゆっくり見る。


(157) 三太夏痩せ  読んで、Sinceさんから―

三太くんはダイエットに成功したそうですね。(^_^)v 
エライなぁ!


(160) 三太自由研究 読んで「猫のこまるのおっかちゃんのおふくろ」さんから―

三太くんこの頃「いい子」みたいですね。 「おかあ」さんの幸せそうな様子が伝わってきます。


永田町のボスが、孫ブルから鳥族に代わった。これまた飛びきりの三代目だ。
おら、ボスが誰でも、散歩コース「若葉の森」を壊す道路計画(※)をストップしてくれれば、それだけでいい。
おらの望みは「現状維持」、おら、ゴリゴリの「保守」だ。



 (103) 三太危機管理
(160) 三太自由研究

このひと月、つかず離れず、おかあの近くに居た。
暑っつい中だから、密着するのは、朝おかあを起こして背中を掻いてもらうとき。
台所では、テーブルの下に陣取って眺める。
パソコン机の下に居る、「あれ、いつから、そこに居るの!」、おかあ、驚く。
玄関のたたきに寝そべってチェックしているおらに、「君、かわいいネエ〜」
夜中、おかあ、ベッドから降りようとした。足先がスリッパじゃねいものに触れる、ギョッとして引っ込める。
窓から差し込む月明かりに、光るもの―おらの目と牙、唸り声。
朝んなって、おかあ、見回す、あの牙と唸り声は、夢かうつつか―


ヒトの子の悩みの種、夏休みの宿題、「自由研究」。
ヒトの子は、自分で調べもしねいで、コピペででっち上げるのが多いんだと。
たまりかねた先生が、「学生よ、コピペるなー」(※)って、専用のソフト作った。


おら、身近な題材に取り組むことにした。「おかあについての研究」。
おらも、今風に、コピペって見ようと思った。
「三太・おかあ」って検索したら、「おらあ三太だ!」 が出てきた。

おらの名前は「三太物語」からいただいたもんだが、お話は、時代も環境も違いすぎて、「コピペるなー」って叱られる前に、コピーしようがねい。


しょうがねいから、研究の王道・じっくり観察に励んでる。
「情報ファイル」に登場して満4年、まだまだ、謎の生物、だ。



※ 1 「学生よ、コピペるなー」「AERA-net 2009.8.2」 http://www.aera-net.jp/summary/090802_001028.html

コピペ禁止ソフト
その名は「コピペルナー」。
開発者は金沢工業大学知的財産科学研究センター長の杉光一成教授とソフト会社のANK(東京・新宿)。12月に発売予定だ。(下略)
(159) 三太月遅れの七夕さま

時を越えて会うのは無理だ、って、おかあ、新八(※1)はあきらめた。
海を越えては?
ちゃーんと、一年ぶりに来てくれた!
権海孝さん(※2)、今年もいい声だ、おかあ、舞い上がる。


帰ってきたおかあ、「スイカがないんだけど・・・」
おらの顔、じィーっと見る。
おら、知らねい。
煮た西瓜なら食う、けど、プラスチックのSUICAなんて食わねい。
権さんにのぼせて、どっかで落としたんだろ。


選挙カーが来た。
ウグイスに応えて、合唱してやる。
おかあ、こないだ、おらを白くする、なんて言ってたが―
ブリーチしたって、「茶色の犬」を飼ってたてえ史実は消えねい。
「茶色の犬」を飼ってたからって、おかあが逮捕されたら、おらが困る。
そんな世の中になんねいように、しっかり投票行ってくれ!
棄権したら絶交だぞ!



※1 はやぶさ新八郎  (158) 三太七夕さま
平岩弓枝『はやぶさ新八御用旅 日光例幣使道の殺人』講談社、2004

※2 権海孝(グォン・ヘヒョ)、韓国男優。昨年8月に来日したとき、おかあ、握手してもらった、ってのぼせてた。(118) 三太魔女修行その3

※3
(1)三太 自己紹介―茶色の犬
  『茶色の朝』(※4)って本に、茶色の猫飼ったことのある人は逮捕される、って書いてあんだと。

※4 『茶色の朝』フランク・パヴロフ物語 ヴィンセント・ギャロ絵 高橋哲哉メッセージ 藤本一勇訳、大月書店、2003.12
(158) 三太七夕さま

おかあ、合宿に、行こかやめよか、迷ってた。
「いっつも、暑い時期でねえ・・・夜は地獄のミーテイングだし・・・」
幹事さんから「年に一回はお会いしたいものです」
おかあ、七夕さまに会いに出かけてった。

今年の合宿地は、利根川べりの境町。茨城県の境町よか上流にある、群馬県の境町だ。今は合併で伊勢崎市になってる。


おかあ、渡し舟にも乗ってみた。
でも、本命のはやぶさ新八郎(※1)にゃ会えなかった。
境町まで来た新八は、人殺しと聞いて吹っ飛んで行っちまった。それも、150年かもっと前らしいから、しょせんすれ違いの宿命なんだ。

あきらめきれねいおかあ、合宿仲間の兄ちゃんに頼んで、冠稲荷神社(※2)へつれてってもらった。「縁結び」の願掛けに―
行ってみたら、白い狐がた〜くさん、たくさん居た。狐色じゃねい狐。
「安産狐、可愛いー!」
おかあ、おらの毛を白くして、この狐たちに仲間入りさせてもらおう、って考え始めた。
来年の初午までに、何を思いつくことやら・・・



※1 平岩弓枝『はやぶさ新八御用旅 日光例幣使道の殺人』講談社、2004

※2  冠稲荷神社 http://www.kanmuri.com/ka/enisimusubi/bokenohana/index.htm
(158) 三太夏痩せ

毛が抜け終わった。
おかあ、おとうに、「なんか、ほっそりしたみたいだね」
明け方、おかあを起こしに行く。おかあにすり寄って背中を掻いてもらう。
撫でながら、寝ぼけおかあ「フレンドリーになったねエ」
おら、ぐいぐい体を押し付ける。「三太のシッポのお皿」(※)のあたり、もっと、もっと、もっと。
手がくたびれてきたおかあ、やっと気がつく、かゆくてかゆくて、居ても立ってもいらんねい、フレンドリーどこじゃねい、って。

獣医の先生「去年も、今頃、かゆがって来院してますね」

去年、7月、測ってもらったら、10.1キロ。ついに10キロの大台に乗った!って、おかあ、大ショック。
以来、こわくて体重計におらを乗せられなかった。
日に日に、よその柴犬がスマートに見えてくる、って。
おとうに言う「こんど、『まめ柴ですか?』って聞かれたら、『まる柴です』って答えることにした」

おかあ、肥満を恐れることひとかたじゃあねい。おとうにゃ成人病、おかあにゃガン再発の引き金だって。
親戚んちの柴犬ジュンさん13才は、超肥満体。
あんまり体が重くって、散歩も行かねい、うちんなか、寝床と食堂とトイレをゆっさゆっさと行き来するだけで、息切れしてる。
上から見ると、背骨の両側に平原がある、胴体を輪切りにしてみたら円形じゃなくって、横長の長方形か、カボチャみていだ。
おかあ、おらにゃ、ああなって欲しくねい、って。

ノミ除けの注射をするついでに、体重測定。
9.73キロ!
おかあ、「ほんとにスマートになったんだ! 毛が抜けただけじゃなかったんだ!」
大感激、涙流さんばかり。
今日のメニューは「スイカ飯」だ。



(133) 三太トンデモ犬 
(156) 三太抜け毛

抜け毛の季節―

家中、毛のかたまりがフワフワ、飛び回ってる。
おかあ、おらを見るたび、溜息。
抜けかかったおらの姿は「ボロ毛布」、見る人誰もがむずむずする。
丘の上のオバサン「むしりたーい! 良い?」
おかあ「良いわよ、噛まれても良ければ」


永田町じゃあ、孫ブルがようやっと、決断した。
孫ブルがボスとして、最も期待されたシーン、と言うべきか。
毛が生え変わるだけなら、毛色が新鮮になるだけだ。
昆虫の脱皮だと、全然違う姿になるんだが・・・
(155) 三太魔女修行・台湾編「合理性」

台北

ホテルマンに、「麺類が食べたい」って言った。
うなずいて案内してくれたのは、立派な中華料理店だった。
魔女たち、椅子に座って、メニュー見た。中国語でも英語でも、どう読んでも「麺」らしいのがねい。値段もゼロが一つ多い。
ウエイターはお絞りを差し出して、注文を聞く体制。
ニューヨークの魔女「ここには麺がない。出ましょう」って立ち上がった。


店を出て、麺のありそうな店を探して歩く魔女たちのあと、ついてきながら「小さな魔女」はつぶやく
「私一人だったら、とても席を立つ勇気はない」


裏通りに入って、待望の麺を出す「ラーメン屋」的な食堂を見つけた。
「街中の食堂で肉入りの麺を啜り、不思議に思うのだが何故野菜がろくに入ってないのかな。別に注文するのがこちらの習慣か。」
しっかり食べて、安かった。浮いたお金でおみやげも買えた。


魔女たちの合理性にカンパイ!
(154) 三太魔女修行・台湾編「ワンタン」

魔女たちゃ、食いもんに目がねい。食い始めの、数秒間だけは静かだ。


台北じゃもちろん、士林の夜市へ行った。
記録はフィンランドの魔女の独壇場だ。そのメモをのぞくと―

「道の真中にずらっと露店が並んだ、その殆どが安直な飲食物屋。スイカやマンゴーなどのジュース類。パイナップル、マンゴー、ワックスアップル(日本には無い。あっさり甘酢っぱく、しゃきしゃきした歯触り、皮ごと食べられる)などの果物。饅頭、日本のお好み焼きやクレープみたいな物、ゼリー、プリン、寒天寄せのような物。
他の店で多いのは若者向けの服や下着。」

迷子になった小さな魔女、やっと追いついてみると、健啖魔女たちゃ、屋台に席を占めて、カキ入り卵焼きを肴に酒盛り中。


翌日、故宮博物院の悠久の歴史に敬意を払いつつ、道端の食堂で酒盛り。
地元のオジサンが、紙パックに自分でおかずを何種類か入れて、白いご飯も載せて、店のオネエサンに渡した。オネエサン、パックごと秤にかけた。


花蓮。
「花蓮(ファーレン)じゃあ、ワンタン」魔王さんが言って、歩き出す。

フィンランドの魔女のメモ―
「台湾一有名なワンタンの美味しい店に。殺風景な店だが丼の中から食べても食べてもワンタンが湧いてくる。これで60元。満腹、満足した。」
小さな魔女があれこれ、ネットで見たら、このワンタンは蒋経国元総統の好物だったとか、日本人がよく食べに行く店らしい。
「ひつじさん」のブログ見たら、魔女たちと同んなじ民宿に泊まって、同んなじワンタン屋で食べたみたいだ。(→「台湾東部ひとり旅☆2008.09〜花蓮」
民宿は素泊まり、食事なし。
「朝から外食である。街中に安直に食べられる店がいろいろ揃っている。この近くにもおいなりさん、巻き寿司、おかゆ、サンドイッチ等、さまざま揃えた店があり日本人の口に合うそうだ。」
ノルウェーの魔女が、お寿司を買いに行った店で、赤ちゃんと5歳ぐれの子を連れた夫婦が食事してた。朝も外食があたりまえの暮らし方なんだ。
食べ終えたらそのまま、子どもたちを預けて、出勤するらしい。
預かるのはおばあちゃん=台湾の魔女か。


フィンランドの魔女のメモのしめくくり―
「台湾では珍しい物を食べるぞと勇んで行ったのだが、体調を考えて、自重せざるをえなかった。食べ物が美味しいという台湾に来て、ろくに物を食べていない。 残念この上なし。」
(153) 三太魔女修行・台湾編「プラハ」

チェコの魔女からメールがきた―


「昨日、日本に帰ってきました。
時差ぼけと、目が覚めるとプラハにいる錯覚にとらわれています。
プラハは犬だらけでした。でもしっかりしつけされていましたよ。
犬にはアジア人蔑視もありませんでした。」



プラハで、台湾報告読んでたんだ。
猫たち、連れてったのかな?
魔女の箒にゃ、1本に何匹乗れるんだろ? 
「定員○匹、○?」とか、書いてあるのかな?


「一番の心配の種だった『猫たち』は、17日ぶりのお母さんのお帰りに目をまん丸にしてびっくりしていました。元気でした。」


猫たち、留守番してたんだ。元気で良かった。
今頃、おみやげ品評会やってんだろな。
(152) 三太魔女修行・台湾編「ゴールド」

フィリピンの魔女、魔女たちの共通財布を預かった。
タクシー降りるにも、博物館入るにも、支払いにフィリピンの魔女はてんてこ舞い。
酒盛り。フィリピンの魔女、しっかり、参加して、呑む、しゃべる、酒買いに走る。
座敷わらしが寝入ったあと、共通財布の中身を勘定してから寝る。


芝山岩の恵済宮の門番やってる母ちゃん唐獅子(※1)、キンキラキン。
恵済宮の庭に居た、でっか〜いがまがえる(※2)も、キンキラキン。でっか〜い金貨を咥えてる、何枚だろ?
日月潭の文武廟のお船も、キンキラキン(※3)。宝船だ。何個でできてるんだろ?
唐獅子の父ちゃんたちが抑えてるボール(※4)も、よっく見ると、宝玉なんだ。
文武廟前で運動会やってる唐獅子の大玉(※5)も、宝玉なんだ。
実に率直な、金運祈願だ。


旅のあと、フィリピンの魔女から送ってきた会計報告見て、小さな魔女、仰天した。
こーんなに、緻密な報告、見たことない、って。

フィリピンの魔女、がまがえるの金貨も飲み込んだ枚数まで勘定してたに違いねい。



写真1 芝山岩の門前の唐獅子

写真2 芝山岩の恵済宮のがまがえる


写真3 日月潭の湖畔、文武廟の宝船


写真5 日月潭の湖畔、文武廟の唐獅子

写真4 芝山岩の恵済宮の唐獅子

(151) 三太魔女修行・台湾編「犬か獅子か」 

不言実行、小さな魔女は台湾のイヌたちを見て歩く。
どこのお寺や廟に行っても、狛犬じゃねい、唐獅子がいっぱいいた。
狛犬は「あ・うん」って、片方が口あけてるともう一方は口閉じてるんだが、台湾の獅子たちはみんな口あけてた。

台北。

芝山岩の恵済宮の前じゃ、よだれかけ=スタイじゃなくって、赤い幅広のリボンを結んでた(※→写真1,2)。
右手でボール抑えてるのが父ちゃんで、左手で子獅子をつかまえてるのが母ちゃんなんだろう。母ちゃん獅子は子獅子を愛撫じゃなくって、制圧してる、ママゴンだ。
その近くを、服を着てる生イヌが歩いてた(※写真3)。台湾で服着てる犬見たのはこのときだけだった。

台北の豪華ホテル「円山大飯店」の裏山は、円山風景区ってえ公園になってる(※4)。
朝の遊歩道に朝市が立ってる(※5)。荒川土手のラジオ体操に集まる人たちを思い出した。
山ん中歩いていくと出会った獅子、「リアル!!」(※6)
さらに行くと、おらにそっくりの犬と一緒のオジサンと出会った。

小さな魔女、思わず「柴犬ですか?」って聞いたんだが、日本語が通じなかった。

霧社へ行った。
79年前の犬が、「霧社原住民抗日群像」の中にいた(※写真7)。
超巨大だったのは、日月潭の湖畔、文武廟の唐獅子(※写真8)。高さ約8m。
ここの獅子は、左右2匹とも大玉ころがしやってる。毎日が運動会だ。


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(※写真1)芝山岩の恵済宮の唐獅子

(※写真2)芝山岩の恵済宮の唐獅子

(※写真3)芝山岩の恵済宮を散歩する犬

(※写真4) 円山大飯店のフロントで貰ったリーフレット、日本語版

 (※写真6)円山風景区、遊歩道の朝市

(※写真6)円山風景区、遊歩道にいた唐獅子

(※写真7)霧社原住民抗日群像

(※写真8)日月潭の湖畔、文武廟の唐獅子





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(150) 三太魔女修行・台湾編「魔王はツライよ」

杉並の「おかあとつきあって20年」さんから

「台湾旅行、おかあが口をはさむスキがなかったというのは、さぞやすごい場だったのでしょう。
魔女たちの様子をお知らせいただけるとうれしいです。」



空港で迎えてくれたのは魔王さんだ。
ドイツの魔女が、猫を連れてないのを見た魔王さん、ポケットから小さな包みを出して渡した。
包みをあけると、「Black Cat」って書いてあるカード。可愛い黒猫が、百面相やってる。
魔女たち、おおいに羨んで
「魔王さん、優しいのね」


いざ、台北市街へ―

魔王さんがガイドしても、魔女たちゃ、てんで聞いてねい。
誰かがすぐにいなくなる。
困り果ててる魔王さんを「牧羊犬だね」って西部の魔女が言った、言った当人も自分が羊だとは思ってねい。


おら、牧羊犬って、そんなに大変な仕事だと思わなかった。

留守番しててよかった。



(149) 三太魔女修行・台湾編「不言実行」

「おかあとつきあって35年」さん、
<おかあ、黙って座ってる。座敷わらし状態だ。>
ってとこまで、読んで、



ええっ!
(しばし絶句)
私も信じられない…。

おかあが座敷わらしだなんて・・・35年、そんな場面見たこと無い。
おとう優しいのね。体調悪いのかって気遣ってくれて。
そういう問題じゃないのね。
さすがのおかあも降参なのか〜、そんなに強烈な魔女達がこの世に存在するなんて・・・。



小さな魔女、銀行の前で、「烤地瓜」って看板見つけて飛んでった(→写真)。
箒がないから、正確には走って行った。
身振り手振りで買ってきたのは、ほっこりおいしい焼き芋だ。
ニューヨークの魔女が、大喜びでかぶりついた。
駅じゃ待ち時間に、売店行って「青香」っての買ってきた。
梅味の麦こがしみていな一口サイズのお菓子だ。
ドイツの魔女が「不言実行のヒト」って褒めてくれた。

「不言実行のヒト」だって?
小さな魔女、猫かぶってるんだな。

銀行の前の焼き芋屋

銀行の前の焼き芋屋





ニューヨークの魔女と焼き芋

ニューヨークの魔女と焼き芋



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(148) 三太魔女修行・台湾編「小さな魔女」

おかあ、台湾へ行った。「犬連れはご遠慮ください」って、言われたって、おらこと、留守番させといて。
着いてみたら、魔女集会だった。魔女にゃ猫がつきものだ。
ドイツの魔女、チェコの魔女、ニューヨークの魔女、西部の魔女、ノルウェーの魔女、フィンランドの魔女、フィリピンの魔女・・・みーんな、原産地は日本らしい、共通語は日本語だ。


いやー、たいしたもんだ。言葉の矢玉がひっきりなしに飛び交ってる。
ひとこと言えば三こと、四こと返ってくる。
おかあ、すくんじまって口を挟めねい。
魔女たちの酒盛り、深夜までカンカンガクガク続く―
おかあ、一滴の酒も飲まないで、黙って座ってる。座敷わらし状態だ。

ひいき目に見ても「小さな魔女」(※1)ってえとこだ。



おとう、「おかあが、黙ってるなんてハズがない。そんなに体調悪かったのか?」
おらも同感! 
読者の皆さん、どう思う?



※ 1 「小さな魔女」という絵本はたくさんある。目にみえねいくらい小さくって強力な魔女もあるけど、おらんちのおかあ、そんなに小さくはねいし、魔力は未開発状態だから、せいぜい、クームスってえ人が書いた<小さな魔女ドリー>ってえとこだ。
   パトリシア・クームス作・絵、掛川恭子訳、『小さな魔女ドリー 1 ドリーと悪魔のわるだくみ』あかね書房、1979。以下、<小さな魔女ドリー>シリーズ


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(147)三太イヌの日(6)マラソン大会

元気なオネエサンから―

「むらきさんも相変わらず精力的に御活躍ですね。
息抜きの際には「三太の湯」においでください。隣に旅館もありますので。」



ちゃんと旅館もあるんだと。
「日帰り施設」の一言で「野宿!」って思い込む、ほんとに、そそっかしい。


おかあ、その後、元気なオネエサンのブログが1ヶ月も更新されてないんで問い合わせた。
「もしかして、鬼の霍乱?」


元気なオネエサン

「つまらないブログをチェックしていただいて恐縮でございます。
先週マラソン大会がありまして、夜は年甲斐もなくその練習なんかしておりまして更新をすっかり忘れていました(笑)
三太くんのページ拝見しました! うちにも猫みたいな甲斐犬がいるので共感できるところ多数でした。
いつか三太くんにお会いしたいです。」


おらも元気なオネエサンと一緒にマラソンやりてい。
おかあと、とろとろ散歩してるだけじゃ、運動不足だ。
なのに、おかあ「太るな! 太らせない!」ってえのは理不尽だ。


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(146)三太イヌの日(5)三太の湯

おかあ、今日は茨城県の北のほうへ出かけた。
常陸大宮ってえ市の歴史民俗資料館で、産婆さんの使ってた道具を見せてもらうんだ、って。
電車を乗り換えること4回、3時間ほど、「常陸大宮」駅で下車した。
駅前の観光案内図を眺めたら、なんと「三太の湯」がある!(※1)

  「こりゃあ、視察に行かなくちゃ。うちの三太を、キャラクターに採用してもらえるかも」

学芸員の元気なオネエサンと意気投合しちゃって、昼休みももり蕎麦食いながら盛り上がった。時計の針が3時近くなった。
おかあ「ちょっと、『三太の湯』まで行ってみたいんだけど」
オネエサン「これから行きますか? 日帰り施設ですけど」
「三太の湯」へは、三つ先の駅まで行って、それから車で山ん中へ行くんだと(※2)。

  う〜ん、山ん中で野宿はきつい。おかあ、今回はあきらめた。
「おみやげ」って、水戸駅で買った干し芋、くれた。おらにゃ納豆よか干し芋のほうがいいだろう、って。

常陸大宮の三太のお話「三太と沢又の開墾」(※3)―
見た目はものすごいチョー巨人だ。小柄なおらとは正反対。
でも、大メシ食いで、寝てばかり、ってとこはそっくりだ。
おかあ、そのうち、おらを売り込みに行くつもりだ。



※1常陸大宮駅前の案内図 常陸大宮市のHP「すこやかランド・三太の湯」

※2常陸大宮駅からの地図

  ※3「三太と沢又の開墾」常陸大宮市諸沢のお話

常陸大宮駅からの地図

※1常陸大宮駅からの地図




常陸大宮市のHP「すこやかランド・三太の湯」

※2常陸大宮市のHP「すこやかランド・三太の湯」



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(145) 三太イヌの日(4)お赤飯

産婆さんは、お赤飯を食べるチャンスが多かった。(※1)
戌の日に腹帯締めてもらって産婆さんにご馳走したり、取り上げてもらった子のオビトキに、産婆さんのうちへ重箱に詰めて届けたり。
オビトキって、茨城県西で言うのは、今でいう七五三のこった。


おかあがこないだ会った79歳のオジサンは、茨城県結城郡で育った。オジサンのお母さんは産婆さん、お父さんは教師の「非農家」だった。
十一月のオビトキにゃ、お母さんが赤ちゃんを取り上げた家から、お赤飯が届けられた。あっちこっちから届くお赤飯が、一週間ぐれい、中学生だったオジサンの弁当になった。
オジサンの弁当は「毎日赤飯でいいなア」っていう農家の倅の白いご飯の弁当ととっかえっこされた。
戦争中、米は配給制だった(※2)。量を欲しいだけ買えなかった、だけじゃなく、1943(昭和18)年にゃ「主食」として玄米や雑穀、いもや豆が配給されるようになった。すでに1939(昭和14)年末から白米は売買を禁止されていたから、まぜものなしの白いご飯を食べられるのは飯米(=はんまい。自家用の米)に余裕のある農家だけだった。

当時、オジサンたちは、白米のことを「鬼の金歯(オニのキンバ)」って呼んでたんだと。
おかあ、びっくり。「純綿」とか「銀シャリ」は知ってたが―。
他の呼び方、知ってる人は、おかあに教えてやっとくれ。



※1たとえば、『福島県のお産婆さん達―明治・大正生まれの開業産婆の活動―』p。162(福島県立医科大学看護学部、2001発行)に、
西白河郡東村で昭和の戦中から取り上げてた鈴木クラ助産婦が
「戌の日になると妊婦は腹帯を締めに助産婦のところに来た。戌の日にはお赤飯などでご馳走する家もあった。」

※2斉藤美奈子『戦下のレシピ―太平洋戦争下の食を知る』岩波アクテイブ新書37、2002年


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(144) 三太イヌの日(3)宿題

ジャカルタさんから―


お元気のようで何よりです。

お返事が遅くなってすみません。

腹帯について、実は私も知りません。インタネットで検索してみたら、几帳面な日本人がちゃんと調べて、<世界のお産>というタイトルでアップロードしてあります。

ご参照ください。→http://www.caretheworld.com/japanese/information/worldbirth.html



これで宿題提出!


 コピペのレポートは受け取らない、って大学の先生が言ってたぞ。

 でも、せっかくだから、「ご参照」してみよう、「インドネシア」をクリック!


「インドネシアで赤ちゃん」

腹帯が健在

日本の腹帯もめずらしいと言われますが、インドネシアの腹帯は産前と産後と二種類もあります。妊娠中に巻く腹帯はスタゲンと呼ばれ、これは3〜5メートルの長い布で、これはサポートの役目を果たします。産後に巻く腹帯はグリタと呼ばれ、これは赤ちゃんを産んだ後、たるんだおなかをひきしめるものです。グリタとはたこという意味があり、布の両端を細く切ってそれを中央で結ぶために、たこのように足がたらたら出てるのをみたてたのが名前の由来です。


へえー。『タコ』なんだ。

インドネシアってえ国は、<9,000の島々に約2億3千8百万人もの人々が暮らし、約490の民族集団>があるんだと(※1)。

きっと、『タコ』だけじゃなく『イカ』とか『クジラ』もあるんだろうな。『イヌ』もあったりして。



※ 1 インドネシア共和国文化観光省「インドネシアについて」


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(143) 三太イヌの日(2)腹帯

妊婦が巻く腹帯は、「はらおび」とも「ふくたい」とも読む。「岩田帯」とも言うし、水天宮じゃあ、「鈴乃緒」(すずのお)と呼んでる。

巻き方は、初めて巻くときに、助産師さんに教えてもらう人もある。水天宮の「腹帯 巻き方 講座」(※)を見るとよくわかる。

もちろん、実際には服を脱いで素肌に巻く、風呂に入ったりシャワーしたりのほかは、夜寝る間も巻いてる。つまり妊娠中の下着ってわけだ。


調布の平和オバサンから―

世界一周でキューバに行ったときの事。

妊婦についての教育機関を見学した折吃驚しました。

妊婦さんが皆大きなおなかを丸出しにしています。

下着一枚も着ていません。それで街中をゆうゆう闊歩しています。

日本人からは見るに耐えないし、冷えるだろうと心配だし、すぐ質問しました。

日本では腹帯を巻き云々とまで言って。聞かれた方はキョトンとしていました。「暑いし衣服からはみでるので、当然そうなる。別に支障はない」何を問題にするのかと言わんばかりでした。習慣とは恐ろしいものですね。

フィンランドでも特に腹帯は巻きません。

フランス人の友達の奥さんも特に何もしていなかったです。

面白い問題なのでいろいろな国の方に聞いてみます。思いがけない世界文化の研究に繋がるかもしれません。

以前「世界の子供たちが太陽を何色に塗るか」調べてみたことがあります。意外な結果で面白かったです。




おらたち犬族は、お産が軽い、ってんで、イヌの日に腹帯巻くんだと。

おらの実のおかあ、何も巻いてなかったんじゃあないのかな。おらの生まれる前のこったが。



※ 「腹帯 巻き方 講座」


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(142) 三太イヌの日

イヌ(戌)の日に混むところは、水天宮(すいてんぐう)だ(※1)。

水天宮の狛犬はかなりのマッチョだ、服は着てねい。「子宝犬」って母さん犬も服は着てねい、腹帯(はらおび)も巻いてねい。

イヌの日に忙しいヒトは、助産師さんだ。イヌの日に「腹帯巻いてください」って頼まれるんだと。助産師さんの手帳は、イヌの日に子犬の顔のマークがついてる。



なぜ、腹帯を巻くのか? 

ゴロー先輩のふるさと・茨城県で、「いぬの日に妊娠五ヶ月以上になった人が腹帯をするとお産が軽い。」って言い伝えられていた。古河の保健所が、1953年に調査した「衛生に関する迷信」の項目に、ちゃんとそう書いてあるし、当時の森戸村役場のヒトが、その項目に○つけてる。(※2)



茨城県の現代の助産師K.M.さん


「おなかの保温とか、安定とかありますけど、昔は、妊婦が働くのにおなかが邪魔にならないように、って堅く締めたってのがホントかも知れません




座産の時代にゃ、産んだあとも、横になって寝ちゃいけなかった。産後21日間、腹帯をものすごくきつく締めて、座ったままで過ごす。21日目には、腹帯が食い込んで褥創になったり、腰から下が麻痺してしまって全く歩けなくなる人もあった(※3)。

まるで拷問だ。

それを生きのびて、働いて、お乳を飲ませて、ってんだから、昔は頑丈なヒトだけが生き残ったに違いねい。



ところで、「腹帯イコールさらし(=綿布)」だと日本のヒトは思ってる。

棉の木を育てて、綿を紡いで糸にして、織って、晒して、ようやく布になった時代にも腹帯って巻いたんだろか?
だいたい、地球上の、ヒトは皆、妊娠したら必ず腹帯巻くんだろうか?

ジャカルタさん、教えてほしい。



※1 水天宮 
 狛犬http://www.suitengu.or.jp/map/koma.html
   子宝犬http://www.suitengu.or.jp/map/kodakarainu.html

※2 茨城県猿島郡、境町歴史民俗資料館所蔵森戸村役場文書「衛生に関する迷信等の調査方について」


※3 たとえば、『新潟県助産婦看護婦保健婦史』1967、p。145に―

「坐産をするのにはツナゲ(藁灰を袋につめたもの)やコモジ(藁を軟くたたいたもの)をしき、その傍に藁束を二十一束ずつつんで、これによりかからせてすわらせるか炬燵ヤグラによりかからせて分娩を行なう。出産の後は産婆(ママ)を座ったままにさせておいて一日に一束ずつ藁束を取去ってゆく、出産がすむと腹帯をきつく巻きすぎることが多いので、二十一日かかって全部の藁束をとって初めて風呂に入れるときには腹や腰に深い褥創ができておって全く悲惨なものでありました。

二十一日間も座っていますし、その間オカユと梅干位の食物ですので栄養失調やら、長い間の座位をとっていることやらで、腰から下が麻痺してしまって全く歩けなくなる人もありました。」


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(141) 三太よだれかけ

おらの写真((140) 三太三の午(さんのうま))を見た先輩バアチャンから―


「よだれかけ」の方が分かりやすいけど、赤ちゃん用品の呼び名は、今は「スタイ」ですよ。


おかあ「へえー」

「スタイどころか、いろんなバリエーションがあったんだ」って、おかあ、犬張子の写真(※1)見ながらつぶやいてる。

江戸時代、ほんとに、犬は服着てたのかな。

江戸ってえ大都市は犬人口も膨大だったんだと(※2)。

綱吉ってえ将軍が作らせた犬小屋にゃ、なんと4万8千余頭も収容された。みーんな、放し飼いていうか、特定の飼い主がねい町犬なのか野良犬なのか分かんねい状態だったらしい。

そのほかに、大名屋敷で飼われた猛犬もいた。服を着てたのはごく少数の座敷犬・狆(ちん)くれいみたいだ。

江戸時代、ヒトと犬の関係は、塚本学先生によれば、「一般にはかなり冷淡であった。犬はしばしばヒトの食料ともなった。」「江戸での捨子の運命は、しばしば野良犬ないし野犬の餌食であった。」


お〜〜怖ろし・・・



※1 犬張子 犬張子・田中

※2 塚本学『江戸時代人と動物』日本エデイタースクール、1995


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