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(311) 三太ドイツ旅行 - ジャガイモの皮、再び (312) 三太ドイツ旅行 - 餅かパンか (313) 三太ドイツ旅行 - ホテルの自室で (314) 三太ドイツ旅行 - ショコラ (315) 三太ドイツ旅行 - ショコラの安全 (316) 三太カチカチ山(3) (317) 三太亥の子のボタモチ (318) 三太・ドイツt旅行 - 麺類 (319) 三太・狐の行列 |
| (320) 三太茶飯 | |
| お客さんがた〜くさん、12人も来た。 おら、ストーブの前を明け渡す。文字通りの『疎開』だ。 お客さんたち、都知事選に話が及ぶ。 勝てそうな候補に入れる―勝ち馬に乗るか? 勝てそうにない候補に入れる―「死に票」と思うか、「批判票」と思うか? 候補が一人だけなら絶対勝てる・・・「無投票当選」だ。 「無投票」ってのは、立候補届け出刻限に届出者数が定数以下のとき、その瞬間に当選が決まる。「投票」という機会は無い。 だから、投票所を作らなくってすむ、自治体職員は選挙事務ってえ臨時の仕事をしなくってすむ、選挙経費がかからなくってすむ、候補者も支持者も選挙運動をしなくってすむ、有権者は迷わなくってすむ・・・なんか、いいことずくめだ。 けど、「無投票」だと、棄権するという選択肢も無い。テレビの前でいくらぼやいても、「暴走」は止められない。「暴走」のとばっちりだけは確実にやってくる。 お客さんたちが帰り支度を始めた、おら、見送りに出る。 「これが三太くん?」 「可愛い!」 「おとなしいじゃない、ほんとに、噛むの?」 うん、お客さんの前じゃあネコをかぶる、おらあ犬だ。 お客さんの帰ったあと、小鍋3分の1ほどの茶殻の山。 おかあ、「今日はほんとに、『茶飯(チャメシ)』だね」 言いながら、お米ちょっぴり・野菜少々・煮干し数匹を加えて煮始めた。 犬マンマの6割くらいがお茶ッ葉だ。 こんなメシ食ってる犬、いるか? 育ジー先生、想像できるか? |
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| (319) 三太狐の行列 | |
| 大晦日、薪小屋の整理を終えたカチカチ山のおかあタヌキ、思い立って出かけた。 王子の「狐の行列」(※1)に行けば、キツネ耳の瞬太と安倍祥明に会えるはずだ(※2)、とか言って。 終夜運転の電車、時刻表が乱れる―人身事故だ。 新年を迎えられないヒトを生みだすアベノミクスって、何だ? 王子駅で降りて、王子稲荷へ向かう。 深夜、日付が変わって新年になった頃、道はヒトでぎっしり。 狐メイクや狐のお面で、狐に化けたヒトの行列・・・ 祥明も瞬太も、見分けらんねい。 おらだって、でかいディドさんだって、このヒトごみん中じゃ、踏まれても蹴飛ばされても助けてもらえそうにない。 やっぱり、ショコラさんは来なくってよかった(※3)。 王子稲荷の石段の下、初詣の順番待ちの長蛇の列・・・ 帰りの元日深夜2時台の電車内は、若いヒトでいっぱい。 登山仕度のヒトもいる、初日の出を見に行くんだろか。 おかあタヌキ、舟をこぎながら思う―現場を見る、って大事だ。
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| (318) 三太ドイツ旅行 - 麺類 | |||
| 寒くなった、あったかーいラーメンが恋しい。 汁に麺類が泳いでる食いもんだ。 半年前、ドイツに行ったとき、毎日のように雨が降って寒いくらいだった。 旅の終わり頃、みーんな、あったかーい麺類が恋しくなった。 ミュンヘンの駅周辺で、麺類の店を探したけど、見つけたのは、この店だけ(→写真)。 汁気の多い焼きそばみていな、半端なヌードルだった。 ドイツのヒトは、ラーメンとか、ウドンとかソバとか、汁に泳いでる麺類って食わねんだろか?
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| (317) 三太亥の子のボタモチ | |
| おかあタヌキが薪運びに懸命になってる間に、ゾンビの策略が粛々と進んでた。 「特定秘密保護法」てえトンデモ法が成立しちまった。 おかあタヌキ、ションボリ・・・ ゾンビ、実は諦めなかったプリンスだ。 おら、繰り返す― おかあも、読者さんたちも、「諦めちゃダメだ」 おらと暮らし始めたとき、腹くくったんだろ? おら、茶色の犬だぞ。(※1) ![]() おかあタヌキ、薪運びの合間、11月16日に、三層構造のミツメのボタモチ(写真)を作った。 「亥の日の前日に作るんだから、「亥の子(いのこ)のボタモチ」よ」(※2) ウソついちゃいけねい、亥の日の前日は戌の日だ。 大ウソつくほど偉くなれる国に住んではいても、おら、清廉潔白を重んじる。 こりゃ、秘密じゃねい。世界中が知ってるこった。 おかあがこないだ行った福生市じゃあ、昔のボタモチは、赤っ子の頭程もある大きなものだったんだと。 「蛙がボタモチを引いていくと、大根がそれを見てのびるから」畑に供える家もあったんだと(※3)。 蛙が背負うには大き過ぎたんだ。 おかあ、うちの池で生まれた蛙に引かせようと探したけど、1匹も見つかんねい。 おらに背負わせよう、っておらの顔見る。 犬に背負わせちゃダメだって、きたやまようこさんがとっくに書いてる。(→図※4) しょうがないから、キャリーケースに積んで自分でゴロゴロ引いてった。 庖丁で切るボタモチに、食文化専門の先生たちが、「こんなの初めてです」って目を丸くした。
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| (316) 三太カチカチ山(3) | |
![]() ウサギさんに追われ続けてもう師走だ。 おかあタヌキ、夏以来、自分が薪を集めて運ぶだけじゃなくって、薪小屋作りの監督代理も務めてきた。 子タヌキたちは遊んでばっかりで働かねい。いいかげんで見限る。 青年タヌキ中年タヌキにゃ、薪の集め方から背負い方まで、教えさとして、なだめおだてて運ばせる。 先輩タヌキにゃ、丁寧にしつこくお願いして運んでいただく。 11月末日、最終締切日、ドドッと届いた薪の束をさばきながら、深夜、自分の薪を束にくくる。 ようやく全部を薪小屋に運び込んだら、夜がしらじらと明けていた。 ほっとしたのも束の間、監督から次々に厳しいダメが来る。 おかあタヌキの薪の束、空っぽだったと!! ガックリ〜〜 監督、姿はどう見てもタヌキだが、ほんとはウサギだったんだ。 |
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| (315) 三太ドイツ旅行 - ショコラの安全 | |
| 西東京のオバサンから― ミュンヘン駅のパン屋(※1)、すごいですね。パンの香りがここまで届くようです。 狛江のオネエサンから― ショコラ君の記事(※2)、うちも犬飼いたくなります。 「おらあ三太だ!」読んで、柴犬飼いたくなります、ってえ声が来ないのはなんでだ? ところで、チョコレート色のショコラ君、大先輩・ディドさんみていに、チョコレート食ったからチョコレート色なったのか? 育ジー先生― 最初にショコラをもとめたときに、くれぐれもチョコレート・ネギ類・塩分は与えないようにと言われました。したがってまったく与えていませんです。 なにしろ検診に行くたびに体重増加か否かが大きな課題となっているので、ドッグフードは「サイエンス・ダイエット ライト」にしています。 ヤギ生徒― 育ジー先生、朝夕、ショコラ君の散歩につきあえば? うちでも三太がこれ以上「まる柴」(※3)にならないように、朝夕せっせと散歩してますよ。 育ジー先生― そうすればいいとは判ってるんですが・・・ ショコラは、夏は暑いと、冬は寒いと理由をつけて散歩を嫌がるのは一貫している「こまったちゃん」です。 おおかたの時間、べたっと床に身体をつけて座り込んでいます。 フローリングと近い色なので気がつかず踏んでしまう危険性を常日頃感じています。 先輩・ディドさんは、ラブラドル・レトリバー、でっかい。薄暗がりで何度もディドさんに蹴つまずいた飼い主・チャップさんは、お互いの幸せのためにって、ロンドンの老舗デパート・ハロッズで買ってきた幅広の黄色い首輪をプレゼントした。(→写真 ※4) 育ジー先生も、小っちゃい耳飾りだけじゃなく、キラキラ光る蛍光色ドレスをショコラさんに着せたらどうだろう? でも踏んづけられたら、か細いショコラさんは潰れちまう。 いっそ、ショコラさん専用の床を、ヒトが歩く床より50センチくらい高く作ったらどうだろう? そうそう、ベビーベッドの高さだ。 お孫さんのがそろそろ御用済みなってんじゃねいのか? ヤギ生徒が先週訪問したお宅、ドアが開いたら、ミニダックスのかたまりがころがり出てきた、2匹、3匹、4匹・・・7匹もいる。ソファの上にいれば、踏んづけられねい。(写真。映っているのは7匹のうちの3匹) ヤギ生徒に撫でられようと競い合って、しばらくは撫で撫での時間。 1匹はヤギ生徒の膝に乗ってきた。猫以上に猫みていにぺったりと膝の上でくつろいで、寝ちまった。 おらにいつもすげなくされてるヤギ生徒、至福の時間を過ごしてきたんだと。
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| (314) (314) 三太ドイツ旅行 - ショコラ | |
| ヤギ生徒、パン屋さんで買ってきたショコラを食べながら、メールの続きをみる。 おらへのおすそ分けは、ほんのちょっぴり― ドイツの魔女から― プレッツェルはミュンヒェンが本場ですね。まわりにガリガリと岩塩をつけて、とんでもなく塩辛いのはビールのおつまみだからです。 一般にドイツのレストラン料理が塩辛いのは、ビールをたくさん飲ませるためという「見解」もあります。(写真「ミュンヘン駅のパン屋」) 育ジー先生から― 事件発生! 届かないだろうと食卓の上に大事にとっておいたドイツパンを留守の間にちゃっかり ショコラは食べてしまいました! パンがパンを食べる??? 育ジー先生― うちのショコラは七歳過ぎのミニダックスです。 耳飾りを付けているようにメスなのですが、ショコラ君とかショコラ坊主と呼ばれています。(写真「ショコラ」) ![]() ドイツ犬なので、やはりドイツパンの嗅覚には勝てなかったようです。 この夏の異常な暑さのため、ただでさえ散歩嫌いなのに朝夕の比較的まだアスファルトが熱くない時でさえ全身で拒否態度を示していました。 ミニダックスで地面との距離が至って近いのは理解してあげてるんですが・・・。 そっか、パンを食っちゃった【ショコラ】さんはドイツ犬なのか。 名は体をあらわす、チョコレート色なんだ。 チョコレート色の犬ったら、我が尊敬する大先輩・ディドさん(※)だ。 毛色はビター・チョコレート色。甘いもの大好き、ドッグ・チョコに目がない。 ディドさんいわく 「わたしとしてはチョコレート色の犬がチョコレート好きで何の不思議があろう、と言いたい。」 ※ 著者ディド、協力者チャップマン・ピンチャー、訳者中村凪子『犬のディドより人間の皆様へ』草思社、1994年
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| (313) 三太ドイツ旅行 - ホテルの自室で | |
| 今朝、よそ孫九月ちゃんが、両親ともめてるとこに遭遇。 お母さんは、保育所へ送って行く自転車に乗せようとしてる。 お父さんは、九月ちゃんを鋭意説得中。 九月ちゃんは、三輪車にまたがって「サンリンシャ、乗れる!」 三才の誕生祝いの三輪車、初めて乗れた三輪車、断固乗り続けるんだ、って。 おら、褒めてやって、三輪車から降りてお母さんとこへ行くように、って言ったんだが・・・ お母さん、遅刻しねいで職場へ行けたかな? リカ女先生― ドイツには、レトルトのおかゆ、災害対応の白飯、五目ご飯、鶏飯、インスタント味噌汁、スープなどを持って行きました。 鶏飯は、お湯を注ぎ、15分ほど待つので、言いだしっぺ先生からアドバイスがあったように、400CC の電気ポットと、お椀代わりにタッパーも持って行きました。 梅干しも、お腹をこわさぬ用心に持って行きました。 う〜ん、リカ女先生、用意周到だ。 リカ女先生― 持ってったものは、ホテルの自分の部屋で、朝食に全部食べて、スーツケースを空けてお土産を詰め込んできました。 賢い! 育ジー先生は、毎週の孫守り当番をお休みして、ドイツ旅行に参加した。 男部屋じゃあ、ドイツパンをつまみにワインを飲んでたらしい。 育ジー先生― あの味が再度食べたくて、柏高島屋の「サン・ジェルマン」というパン屋さんでドイツパンを買いました。 胡桃入りで小さいのに367円もしましたが美味しかったです。 でも、ドイツパンはやはり日本で買うのとではまったく食感が違いますね。 つまみにもなるあの硬さが懐かしいですねぇ古文書先生! ここまで書いて、育ジー先生、孫守りに出かけた。 ヤギ生徒も、買物に出かけた。 パン屋さんで、「ショコラ」って名前のパンを買った。(写真)
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| (312) 三太ドイツ旅行 - 餅かパンか…2013.10.22 | ||||
| ドイツの魔女から― フィンランドの魔女さんのジャガイモ団子が受けなかった話、よくわかります。 一般に西洋人はもちもちねばねばしたものは嫌いです。 お米だってパサパサに炊くのがいいとされてるでしょ。 どんなに日本びいきで日本食が好きな人でも納豆とお餅は苦手。 知りあいのドイツ男性、一目ぼれした日本女性と結婚しようと、ご両親のお許しを得るべくはるばる四国・高松へ。でも門前払いで会ってももらえません。毎日毎日玄関前に立つこと1週間、ようやくお目通りがかなったのですが、折りしもお正月で、出されたのがあんころ餅入りのお雑煮。死ぬ気で飲み込んだけど、あの辛かったこと、と話してくれました。 あんころ餅入りのお雑煮って北九州だと思っていたのですが、四国にもあるんですね。 うん、関東育ちのおら、「あん餅雑煮」を今治出身の人から聞いた時ゃ、びっくりした。 ![]() ヤギ生徒、ドイツで最初に、自分で買ったもの―プレッツエル(写真)。 うちの絵本の主人公・プレッツエル(※1)を思い浮かべながら、一口かじって、モーレツ塩辛いんでびっくり。 パンがあれば、お米のご飯なしでもかまわない、ってえヤギ生徒も、二度と買う気になんなかった。
ドイツの駅にあるファーストフード店は、基本的にパンと飲み物、パン屋さんだ。 中央駅だと、パン屋さんがひしめいてる感じ。こんな感じ(写真)。 日本のコンビニだと、おにぎり・サンドイッチ・蕎麦なんかの麺類・・・っていろいろあるのに。 ドイツのヒトは、もちっ気が苦手だからパンばっかりなのか。 おら、パンは好きだ。けど、おやつに貰う程度で、パンだけで一食ってえメシはまだ経験ねい。お餅まるまる一個は、咽喉に詰まらせたら大変だから、って、おかあがくれねい。 主なる食事は雑炊だ、「つなぎ」に米粒がチラホラ入れてある。 米粒がないと、ご飯を食べた気がしねい、ってヒトはドイツ行った時、どうしたんだろ? ※1 絵本『どうながのプレッツエル』(マーグレット・レイぶん、H.A.レイえ、わたなべしげお 訳、福音館書店、1998.原作は1944) |
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| (311) 三太ドイツ旅行 - ジャガイモの皮、再び | |
| ジャガイモ談義、再燃! 以前、7才の子が毎日100個の皮むきと1升のとうきび挽きをしてた、ってえ話を紹介した。1930年頃の北海道でのことだった。(※1) フィンランドの魔女から、1940〜50年頃の体験― 東京の市街地で、戦時中のこと。食物の無い時代なので、家庭菜園で作ったジャガイモの小粒を勿体ながって家人が茹でて食べました。暫くしたら胃痛で七転八倒、医者を慌てて呼び胃を洗浄したことがあります。あれは馬鈴薯の毒に当ったのだと思っています。 うん、日に当てたジャガイモは毒になるんだ(※2)。だから、もったいなくっても皮は剥いて捨てたほうがいい、って、農学部出身の猿の木さんも言ってた。(※3) フィンランドの魔女− 戦後暮した北海道では茹でたジャガイモを潰し、馬鈴薯澱粉と混ぜ団子状にしてから平たく潰し、すいとんのようにおつゆに落したり、茹でたものをお汁粉に入れたりします。「澱粉団子」とよんでいるようです。ジャガイモと澱粉の割合は使うものにより適当で、ジャガイモの量が多いほど柔かくなります。今はどうですか、農村では嘗ては主食の役をしていました。 フィンランドで日本食を紹介した折、あちらはジャガイモを沢山食べるので、澱粉団子を作ってみましたが不評でした。お餅みたいなものは好みではないようで、スペイン風オムレツを喜びました。フィンランドの一般家庭では、余り調理をせず、料理文化は低調です。豚カツ、ちらし寿司、天ぷらなどを流行らせました。 フィンランドの魔女さん、フィンランドで和食を流行らせたんだ。 今日は『陰陽屋へようこそ』の2回目だ。(※4) 先週、初めて見た主役のイケメン度、5段階評価なら4だ、とか言いながら、おかあ、テレビのまえをウロウロしてる。 どんなのが、おかあの「タイプ」かって? おらを見ればわかるだろ。 ジャガイモ談義※1 (7) 北海道のイモ(櫛田栄子『母たちの風景』叢書・江別に生きる7、1997) ※2 (10) 「皮ごと食べれば」 ※3 (18) ジャガイモに要注意 ※4 フジテレビのドラマ『よろず占い処 陰陽屋へようこそ』 |
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| (310) 三太ドイツ旅行 - ジャガイモの皮 | |
| このところ、おかあ、そわそわ落ち着かねい。 テレビで『陰陽屋へようこそ』(※1)が始まるから、って。 安倍祥明役の俳優が、期待通りのイケメンかどうか、ドキドキ、ドキドキ・・・。 ドイツ旅行中、共通財布を預かってたリカ女先生から― 「自分ではなかなか気づかなかったこと、楽しんで読んでいます。」 古文書先生― 「リカ女先生は、皆の切符を買いに走りまわってて、忙しかったからなァ」 リカ女先生― 『ジャガイモ談義』の「読者体験大募集!!」(※2)も読みました。遅ればせながら、私のジャガイモ体験としましては、祖母と母から「皮をむいて、水でさらしてから煮る」と教えられ、その通り50年以上もやってきました。 それなのに、この間母が水にさらさずに鍋に入れてました。「そんなことおしえたげ?」いろいろ複雑です。ぼけたのかなあ・・・ ヤギ生徒、ウン十年前、皮を剥いて、水に漬けておいてから茹でたら、ガリガリとしか言いようのない、とうてい食べられないカタマリになってしまったのを思い出した。 で、リカ女先生に質問― 「50年以上やってきた、【水にさらす】時間って何分間くらいですか? 水に漬けとくと、細胞膜が硬くなる、とか聞いたような気がするんですが」 リカ女先生− ジャガイモを水にさらすというのは、さっと洗ってすぐに煮るという意味です。鍋に入れたときに、水が濁らないようにしてました。 私は、生物が大の苦手で細胞膜と聞くと頭が痛くなります、すみませんが説明できそうもありません。 そっかー、数学のリカ女先生でも、生物は苦手なのか。苦手があってもいいんだ。 いろいろ苦手が多いヤギ生徒、安心した。 『ジャガイモ談義』やってた頃、料理の本も何冊か読んだ、ジャガイモを皮つきのまんま食べる料理って少なかった。 東京の山の奥へ行って、お昼を呼ばれた。 皮つきジャガイモの味噌仕立て! 山の上のオバサンの手作りだ。オバサンが畑で育てた芋を、オバサンが茹でて、オバサンが育てた鑾野大豆(すずのだいず※3)で作った味噌をからませた。かなり甘辛かった。 「体を使う人のために、味つけは濃いんです」だと。 うん、バス停からオバサンちまでは急な坂だ。歩きだと40分登らなきゃなんねい、軟弱組ヤギ生徒にゃあ暮せねい、本物のヤギなら駆け回るだろうが。
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| (309) 三太ドイツ旅行 - ジャガイモ一袋 | ||||
| ベルリン近郊の駅近くのスーパーで売ってたジャガイモ、2.5kgの袋(→写真?)。 おらんちの近くのスーパーで買ってきた袋、ちょっと小粒が6個入って600g(写真?)。
※1 ゴローちゃんファンクラブ 30.ジャガイモめし (ジャガイモ談義 (5) ジャガイモめし と同文です) ※2 レシピは (221) 三太危険がいっぱい |
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| (308) 三太ドイツ旅行 - 川は流れる | |||
| 18号、雨も風も、すごーい台風だった(※1)。 被害にあった方々にお見舞い申し上げます。 利根川の近くの読者さん、増水して怖かっただろうな。 おらんちの近くの川もすごかった。 おら、上から落ちてくる水は嫌い(※2)だが、下から溢れて来る水も嫌いだ。散歩は中止。 右の写真見てもらうとわかると思うんだが、この川の断面はアルファベットのTの、縦棒・横棒をそれぞれ太くしたみていな形だ。ふだん、1年365日のうちの350日くれいは、右の写真みていに、Tの縦棒の一番下のほう、数センチの深さでチョロチョロ流れてる。干上がっちまうことさえある。 18号台風の雨で、深さ1メートル20センチ前後の激流になった。左の写真がそれだ。 Tの横棒から溢れると、川べりのオバサンちに浸水しちまう。 オバサン、気が気じゃなかっただろう。 翌日はまた、チョロチョロに戻ってた。同んなじ川だとはとうてい思えねい。 60年前、この辺り一帯は田んぼだった、ザリガニ、ドジョウ、タニシなんかがいた、雨んときゃ貯水池になった。 も少し下流は「底なし田んぼ」だった。この川で、近所の農家の子どもだったトミエ先生は泳ぎを覚えた。 田んぼは埋め立てられて、川はコンクリートの箱ん中に閉じ込められた。 ドイツへ行った5月下旬は、毎日のように雨に降られた、シトシト、シトシト、シトシト・・・。 修学旅行でも家族旅行でも、かつて雨に降られたことがない、「私がいれば、絶対に晴れる」って言ってた晴れ女先生、「こんなはず、ない!」って、毎日憤慨してた。 行く先々の川が、ほとんど洪水、テレビでも浸水した街を映していた。
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| (307) 三太ドイツ旅行 - ポテト添え | |||
| 前号の写真を見たハカセさんから― じつは、私はステーキが苦手。 でもあのとりたてらしい松葉独活にはヒクヒクしてしまいます。 またまた、ハカセさん、難しい言葉を使っちゃって。 おら、こういうの読むのは得意だ、「まつばうど」だ。書けなくっても支障はねい。 じゃあ、同じ皿にのってるジャガイモのことは何て言う? ハカセさん― ジャガイモ? でっかい豆かと思っていました。
なんで? ヤギ生徒、ずーっと前、『ジャガイモ談義』(※1)を連載するとき、ジャガイモのこと、ひととおり読んだんだが、フリードリッヒ大王のこた、知らなかった。 ドイツじゃあ、フリードリッヒ大王が命令まで出して、ジャガイモ栽培を奨励したんだと。 ベルリンの先生― フリードリッヒ大王のジャガイモ奨励命は彼がブレスラウにいた時、1756年3月24日、と1757年4月5日の2回発しています。ポツダムでも奨励命を出したはずと思われますが、記録がないそうです。 当時は飢饉に見舞われた農民は餓死したのですが、ジャガイモの栽培に成功することで、餓死者がなくなったそうです。 奨励はしたものの、なかなか普及しないので、フリードリッヒは次のようなアイデアを考え付いたそうです。 ジャガイモを植えつけた畑には、昼間兵隊を見張りに立たせるが、夜は立たせない。農民達は、兵隊たちが見張りに立ってまで盗むのを防止するとは、貴重なものに違いないと考えるに違いないと。 フリードリッヒのお墓には通常ジャガイモが供えてあります。サンスーシ宮殿のガイドは、「フリードリッヒに感謝しているのです」と説明しました。「誰がお供えするのですか」と聞くと、「ここにやってくる人が」とのことです。昔はジャガイモがお供えしてあることは少なかったと記憶してますから、ジャガイモを供えることが流行ってるのかもしれません。 うん、なるほど、2008年に出た本(※2)の写真にゃ、王様のお墓にジャガイモは載ってねい。ベルリンの先生の言うように、このごろの流行りなのかも。
11匹の諸君、王様と並んで葬られて、嬉しかっただろうか? ※1 ジャガイモ談義 (9) 「ドイツ婦人を見習え!」, (10) 「皮ごと食べれば」 ※2 伊藤章治『ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」 』中公新書、2008 |
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| (306) 三太ドイツ旅行 - アスパラ | |
| ドイツ行ってから、もう3ヶ月もたっちゃったんだが、「ドイツ旅行?」発信後、まっさきにもらったメール、「ハカセ」さんから− ドイツのホワイトアスパラはどうでしたか? なんて、食い気から反応してしまうなんて、不謹慎かな。
むむっ! ホワイトアスパラときた、さすが、「ハカセ」だ、何でも詳しい。 ドイツでは生野菜、とくに葉物が少ない。市場の八百屋を見ても、スーパーの棚を見ても、ホテルの朝食バイキングを見ても。 それが、春のある日、アスパラを売るスタンドが突然出現するんだと。 「春だ、春だ、アスパラだ!」って感じなんだ。 言いだしっぺ先生、市場で見るたび「アスパラだ、アスパラだ!」って感激(※1写真)。 ヤギ生徒、「ふ〜ん、ウド、みたい」。 ケルンのビアホールで、しっかり試食(※2写真)。
アスパラは販売期間が法的に決まっている、っていうヒトもある。 で、ベルリンの先生にお伺いをたてた。 ベルリンの先生から− アスパラ販売期日が法的にきまっているわけではありません 。 ただアスパラの季節は5月末から6月中旬までぐらいが一番美味しい季節です。7月にはいるとアスパラはもう手に入らぬと考えても良いと思います。 ベルリンはベーリッツのアスパラを賞味しますが、このベーリッツとはブランデンブルグ州、ポツダムから少し西に下りたアスパラで有名な村です。通常6月の第一週の週末がアスパラ祭りで、村をあげて、朝から夜までプログラムをくみ、観光客をひきつけてます。アスパラ女王も選ばれ、宣伝に一役買っています。(※3) 料理法はいたって単純、いや、シンプル。アスパラは茹でるだけ。(※4) 「あの、料理とはいえないアスパラ料理」って言うヒトもいる。 これにかけるオランデーズ・ソースに入れるバターの量はハンパじゃねい。
ベルリンの先生から写真ももらった(※5)。 「若い娘さん」(※6)の写真が見られるって期待したのに、「スタンディング」やってるヒトたちん中に見つかんなかった。 がっかり。
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| (305) 三太怪談 | ||||
| 酷暑! みなさん、元気か? 今日は、ドイツ旅行談はお休みして、夏向けに怪談を一席。 おら、猛暑が始まって以来、夜型に切り替えた。 何年も、朝食後におかあの散歩につきあってきたが、この夏は、日中の仕事は断ることにした。 なにしろ、この猛暑ん中、毛が抜けかけてムズムズする・・・たまんねい・・・機嫌悪くもなろうってもんだ。 おかあも、夜、暗くなってから散歩するほうが、おらの抜けかけボロボロ姿をヒトに見られなくってすむって。 平和共存の途を探り続ける。 「猫のこまるくんのおっかちゃんのおふくろさん」から― 長毛のこまるがあんまり暑苦しそうなので、プロにトリミングしてもらおうか、って問い合わせたら、猫は扱いにくいらしくって、バリカンで刈りこむって言われました。 ネットで見たら、まるで、ライオン(※1)。 おっかちゃんと相談の結果、バリカンカットはしないで、ごっそり梳けるブラシで毛のボリュームを減らすという店に頼むことにしました。 で、こまるの近影、ご覧ください(※2)。 うん、こまる君もだいぶ、トシとった。いや、貫録ついた、って言おう。 おらもそっくり同じこと言われるから。 ライオン・カット(※3)は、ポチ→プリンス→ゾンビ、って連想が良くねい。 こまる君のイメージを守った保護者たちの賢明な処置を褒め称えよう。 永田町にゃ幽霊がいるんだと(※4)。 ゾンビが、幽霊を怖がる・・・ これぞ、怪談。
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| (304) 三太ドイツ旅行 - デザート | |
| 前々号(※1)、アイスクリームのボリュームにびっくりしたおらに、 3月に行ったドイツ旅行Aグループ(※2)から、行く先々で料理を食べ残したという「溜息」が聞こえてきた。 Aグループのヒトたちが「小食」だったのか、「モッタイナイ」系だったのか? ミュンヘン、新市庁舎の仕掛け時計を見に行く(※3)。 先生たちは、雨の中、新市庁舎前の広場にたたずむ。 ヤギ生徒、ずるけてカフェの2階、窓から眺める。 注文したモーニング、のボリュームもハンパじゃねい。
三段の上から、ジャム、チーズ、ハム。 スクランブル・エッグ。 パン食べ放題。 デザート(フルーツヨーグルト、ジュース)。 そしてコーヒー。 ドイツの魔女さんから― ドイツ人は食後に甘いものがないと納まらない人種です。 日本びいきの友人は、ドイツからツアーを引き連れてよく日本に来るんですが、パック旅行では、デザートが出ないのが一番辛いそうです。 伝統的なドイツの主婦の役割の一つはケーキを焼くことですが、それを食べるのはご亭主で、自分は肥るから余り食べません。 主婦がケーキを食べるのは、午後に友人を招いてするティーパーティーで、これに招かれると最低2種類は出てきます。 それぞれご自慢のケーキがあり、フルーツがたくさん乗っていたりしておいしいのですが、なにしろ大きいので、うっかり薦めにのってお代わりなんかしたらたいへんです。 もっともこのごろは「自分で買ってきた」ケーキを振舞う人も増えてきたようです。 午後の4時ころにこんなに食べたら夕食の支度なんかしたくなくなりますが、ドイツの夕食は実に簡単、冷蔵庫からハムやチーズを出して並べればいいのですからよくしたものです。 |
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| (303) 三太ドイツ旅行 - 首の皮 | |
| ドイツでは、駅でも電車内でも(写真1)、美術館のカフェでも(写真2)、犬に遇った。 連れ歩くときには口輪をするように、って標示もあった(写真3)。 ほんとに口輪をはめてたのはこの写真の犬(写真4)。 ドイツに行って見たり読んだりしたおかあ、ようやく気がついた― 1932年、ナチスに投票したドイツの人たちは、戦争をしたくてナチスを選んだわけじゃない、って。 第一次世界大戦から僅か14年、生き残った人たちは政情不安と恐慌・失業の、閉塞状況んなかで、「ヴェルサイユ体制破棄、ドイツを取り戻そう!」ってぶちあげるナチスに惹かれたんだ。 まさか、本当に戦争するなんて・・・って思ってたんだろう、って。 2013年、「日本を取り戻そう」って言うゾンビたちに投票した日本人の多くも、「まさか、本気で戦争なんかしないだろ」って思ってるよね? 選挙結果に、おかあが友達と話してる 「かろうじて、首の皮一枚、つながった、って感じ」 おらの首の皮? おらたち犬や猫族は、子どもを連れ歩くのに、首の皮をくわえる。丈夫だ。 瀕死から復活、圧勝したゾンビの首の皮は、【強靭】だ。
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| (302) 三太ドイツ旅行 - 道草 | |
| 出発前日、おらを預けにホテル(=動物病院)へ連れて行く。 ホテルの獣医先生 「三太くんは、うちに慣れてますからね、心配せず行ってらっしゃい」 その夜、ヤギ生徒、配られたプリントを必死になって食った。 ろくに噛まずに飲んだから、消化不良。 (おかあ、「ちゃんと草もらってる山羊は紙は食べないよ。昔、うちで飼ってた山羊(※1)は紙なんか見向きもしなかったもん」) 飛行機に乗ってからは、プリントを反芻しながら、映画を見る。 ドイツ、フランクフルト空港に降り立つ頃には、小学校の校長先生が 「子どもには、ガミガミ言っても駄目なんだよね」 って言って、ヤギ生徒の担任を引き受けてくれた。 引率の責任を解かれた先生たち、行く先々で立ち止まる、道草食う。 博物館で、路上で、電車内で、かんかんがくがく、検討会が始まる。 予定の半分もこなさないうちに日が暮れる、いや、ドイツの夏は日が長いから明るいまんま気づくと夜8時・9時になってる。 ガイド歴豊富なベルリンの先生もあきれかえる。 「このグループは、一日一カ所ですね」
博物館。 ヤギ生徒は、カフェに直行、沈没、写真を撮る。 アイスクリームのボリューム! (→写真) これでも普通に注文した一人前か! ※1 (194) 三太ヤギミルク |
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| (301) 三太ドイツ旅行 - 超豪華版修学旅行 | |
| 報告書出したら、編集担当さんから、「どんなグループで行ったのか、書き加えてください」って言われた。 ドイツ旅行、二つのグループから誘われていた。 (Aグループ) 3月にドイツとポーランドへ行く。 (Bグループ) 5月にドイツ国内限定。 軟弱組おかあ、欧州への飛行機11時間の滞空時間に耐えられるかどうかが一番不安だった。 でも、一度はヨーロッパへ行ってみたいし・・・ Aグループは、大学の先生たちの企画引率だから、難しそう、って、お断りした。 Bグループなら、移動は少ないし、「いいだしっぺ」さんが面倒みる、って言ってくれたんで、参加申し込んだ。 ところが、どっこい、とーんでもなかった。 顔ぶれは、小学校の校長先生から、中学の先生、高校の先生、市民講座の先生、先生たちの研修旅行だった。 生徒一人に引率教員8人の豪華版修学旅行。ドイツでさらにもう一人先生がふえる。 2月、Bグループ9人の顔合わせ。いいだしっぺ先生が皆に見学予定地ごとの情報収集を提案した。 「えーっ?」と言ったおかあ・落ちこぼれ生徒は免除された。 先生たち7人は、課題を与えられて燃え上った。 一回1ページを10回連載で配る先生もあれば、15ページ一括提出する先生もいる。 高校の世界史の教科書にでてくる地名を手始めに、戦争とホロコースト・東西分断の政治史・社会史をたどる先生もあれば、建築史のうんちくを披露する先生もある、ワーグナーとルートヴィヒ二世から、音楽・美術を論ずる先生もある。おいしい飲み物食べ物にこだわる先生もある。 おかあ、最後にまとめて読もうと思って、ほっといた。 出発前1週間、さすがにヤバいと思って、メールの山かき分けて、探し出したレポートをプリントして綴じたら、分厚いファイル1冊になった。それでも足りないことに気がついて、 「欠号、くださーい」って申し出たら、 「なんだなんだ、宿題は、その日にやらなきゃ駄目じゃないか。『ミュンヘンだより』は3週間も前に配ったんだぞ。そんなんじゃ、ドイツへ連れて行ってやらないぞ」 中学の先生にお説教されて、めそめそメーメー泣き出した。 いつまでもメーメー泣いてる落ちこぼれに、「ヤギ」って名前がついた。 |
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| (300) 三太ドイツ旅行 報告書 | |
| おかあ、図書館からドイツ旅行のガイドブックを3冊も借りてきた。 また、行くのか? ガイドブックって、行く前に読むもんだろ? おかあ、行ったところを読むんだと。 「どこ行ってたの?」 「ドイツ」 「ドイツ? 原発見に行ったの? 何見に行ったの?」 「観光旅行」 「テーマがあるんでしょ、報告書書いてね」 会うヒトごとにおんなじやりとり。 ガイドブックで、行ったところの地名を確かめる、見学した施設や記念碑の名前を捜す、 「ドイツの魔女」に教えを乞う・・・ 一緒に行ったしげや先生が、「過去と向き合う ドイツ旅行記」(※1)を書いて配布してくれた。それを見ながらやっと書き上げたおかあ、自分の「コピペみたいな文章」よか、しげや先生のを読んでもらうほうがいい、って言ってる。 その間にもメールと郵便物がたまる、山が一日一日高くなっていく。 富士山が、世界遺産に登録された(※2)。富士山は噴火でもしない限り、これから高くなることはないんだろうが・・・ ハカセさんか らのメール。 情報に添えた一言― 「メールの山をさらに文化遺産にまで、つみあげたく、お願いします。」 おかあ、うれし涙・・・。
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| (299) 三太ドイツ旅行- スライドショー「ぼたもち」 | |
| ドイツから帰って以来、おかあ、毎晩2時過ぎまでパソコン作業。ふだんは12時前には寝ちまうのに。 おら、朝メシが9時過ぎまでもらえなくても、おとなしい。 戸惑ったおとう、ふたりに問いかける、「人生観、変わった?」 おかあ、ドイツ行く前に、或る読書会で、 「何か、お話して。女性史とか、ひきだし、いっぱいあるでしょ?」 って責めたてられて 「ひきだし、いっぱいあることはあるけど・・・開けてみたら底抜けだったりして・・・」 苦しまぎれに「ボタモチの話でよければ、やります」 保育園のジュンコ先生が 「じゃあ、私、ボタモチ作ってくる!」 で、時差ボケの頭で、ボタモチ情報のまとめに四苦八苦。 ようやっと、まとめあげたスライドショー『ぼたもち』は、 現在の「お彼岸のぼたもち」、各地の「年中行事のぼたもち」「人生儀礼のぼたもち」「みつめのぼたもち―お産のうつりかわり―調布」「調布の和菓子屋の『みつめのぼたもち』」という流れ。 上映後はお楽しみの実物試食会。 ジュンコ先生が前日アズキ餡煮て、朝5時から作ってきてくれたぼたもちに、歓声があがる。 蓋を開けた「層状のぼたもち」に、満場騒然。(写真2) 「こんなの、初めて見た!」 「手抜きじゃない?」 「ミルフィーユだ!」 結論―「おいしーい!」 1年半かけて集めてきた焚き木(ぼたもち情報)をやっと束ねて、薪小屋に運び終えた、ってカチカチ山のたぬき(おかあ)、ほっと一段落、早寝する。 おらも、「早寝・早起き・三食ごはん」(※3)、規則正しい日常に復帰する。
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| (298) 三太ドイツ旅行 | |
| おかあたち、ドイツへ行く。 おら、その間、ホテル暮らし。 おかあ、帰りの飛行機から食欲不振。 うち帰ってから、あちこち、不調。 留守中にたまったメールの山にたちすくむ。 カチカチ山のたぬき、背中の薪が増えた。 ドイツに行ってる間、博物館で迷子(※)にならなかっただけ、上出来だ。 おら、ホテルのドッグフードにしょうがなくって慣れた。 うち帰って、おかあの三太メシ食ったら、腹具合がおかしくなった。 これも一種の時差ぼけか。 ※ おかあは、博物館で迷子になる名人だ。(270) 三太夏バテ |
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| (297) 三太カチカチ山 (2) | |
| 河口湖から帰ってきたおかあ、メールを開いて愕然 訃報―「今朝、布袋様が突然亡くなりました。」 なんということだ・・・ 「年下の先輩」と尊敬してきた布袋様、48歳で逝っちゃうなんて・・・(※1) おかあ、背中の炎が燃えさかる― カチカチ山は河口湖じゃねい、うちにある。 「ぶん公」さんは火消し犬、小樽の消防署で働いた(※2) 。 纏(マトイ)を振る火消し犬のイラストもある(※3)。 けど、おらは、火消し犬じゃねい、アニマル・セラピストだ。 おかあを見守る。
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| (296) 三太カチカチ山 | ||||
| おかあのバス、3年前は鬼怒川で「鬼怒太」とイワシの缶詰に会った(※1)。 去年は小田原でおはぎと蒲鉾(※2)。 今年は河口湖、何に出会うだろう。 「たぬき団子」があるってチラシ見て、皆を引っぱって、カチカチ山に登る。 もちろん、歩きじゃなくって、ロープウエーで。 山頂のたぬき茶屋でたぬき団子300円也を食べて一服(→写真)。
おかあ、この3ヶ月ほど、パソコンの前に一日のほとんどを座って、ぼた餅情報の整理につんのめってる。メールも見る余裕なし。カレンダーも時計もチェック忘れ。手紙の返事を書くのもあとまわし・・・ おかあの弁解― 「聞き取りさせていただいた方々をはじめ、身辺で衰えを見聞きすることが激増して、早くやらなければ、と、背中に火がついた『カチカチ山のたぬき』状態です。 自分でも、相当、おかしくなってる感じです――。 『座敷わらし』を廃業して、『カチカチ山のたぬき』と名乗ろうかと、思っています。」 溺死する前に、やりかけのこと、やり終えられますように。 うさぎさん、どうぞお手やわらかに― レーコさんに、代りにうさぎさんの頭をなでてもらって、写真撮影。 代参の効き目あるのかな |
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| (295) 三太半分こ | |
| 図書館へ行く。おらはガラス戸の外。いつになったら、入れてくれるんだ? おかあ、子供室の書架で見つけた本は 『犬をふたりで半分こ』(※) ドイツの小学校一年生クララおねえちゃんと、弟「ぼく」。パパが連れてきた犬・ダックスフントに、クンクンって名前つけた。 クララおねえちゃんが言う 「ふたりで、クンクンをわけるっていうのも、いいわね。頭と前足はわたし、しっぽとあと足はあなたのもの、ということにして、めいめいが、自分のほうのせわをするのよ」 巻き尺で測って、クンクンのちょうど真ん中を決めて、鋏で境の毛を刈る。 つまり、「ぼく」は排泄担当。クララおねえちゃんは食べ物担当で犬に喜ばれる、おいしい役回り。 こんだ、クララおねえちゃんはクンクンの前半分をママの毛染めでブロンドに染めた。 意地を張った「ぼく」はうしろ半分を黒いスプレーで染めた。 パパに1時間もこごとを言われたあげく、お小遣なしの罰をうけたのは「ぼく」。 二人でクンクンを洗った。 「ぼく」の半分の黒は落ちたけど、クララおねえちゃんのブロンドはそのまんま。 このきょうだい、どうしていつも、こうなっちゃうのかなぁ? おらの身近の、「チッコイの」と、「さらにチッコイの」を思い浮かべる。 「チッコイの」はクララほど突飛なことはやんねい。 「さらにチッコイの」が先に生れてたら、きっと、クララみていに、下の子をまきこんで無茶苦茶やりたい放題だろう。 おらも半分こにされてるかも。 クワバラ、クワバラ。 ※『犬をふたりで半分こ』1989 (原著1977)、デイミーター・インキオフ作、飯豊道男訳、曽我舞絵、学習研究社、(『ぼくとクララおねえちゃん Ich und meine Schwester Klara』シリーズ第1冊) |
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| (294) 三太秋田犬? | |
| 春―お彼岸にはぼたもち。 去年は、おかあ、実物調査に明け暮れていた。(※1) 今年は、おかあ、文献調査に明け暮れる―100年前の人達はどんな時にぼたもち作ったり食べたりしてたんだろう、って。 ふと見ると、池で蛙が泳いでる。 うちの池に蛙が来るようになって4春目(※2)、初めてカップルを目撃。 去年までの3春、母ちゃんガエルしか見なかった。おかあ、カエルは単為生殖でオタマジャクシが生れるんだ、って思い始めてた。 ぼたもちに明け暮れてるうち、両親カエルに代わってオタマジャクシがい〜っぱい泳ぎ始めた。 よそ孫・九月ちゃんが来た。今年はしっかり二本足を踏みしめて池を覗き込んだ(※3)。 おかあがガラス瓶にオタマジャクシを入れて渡した。 預かってあげるって、お父さんが出した手を、 「自分で持つ!」って断固拒む。 絵本そのままの「幼女」、可愛い盛りだ。 「イノコノボタモチ」を見つけた。 十月十日に「十日夜(トオカンヤ)」とか「亥の子(イノコ)」とよぶ行事がある。秋の収穫を終えて餅やダンゴを作って神様にお供え し、ヒトも食べる。ボタモチを作るところじゃ、「亥の子のボタモチ」だ。(※4) 亥の子にゃ、蛙は忙しい。 ボタモチを背負って荒神さまのお使いに行く。大根畑を通る頃にゃ重たくってボタモチを引いていく。大根がボタモチを見ようとして「 どーれっ」と首を伸ばす。この日を「大根の年取り」って言うところもある。 田の神様のお使いもする。ダンゴや餅を背負って、里から山へ帰る田の神さまのお供だ。 うちのオタマジャクシたちも、秋には、ボタモチを背負ってお使いに行くんだろうか。 おかあ、何百匹ものオタマジャクシがみ〜んな蛙になって、ボタモチを背負って坂を登る様子を想像して気が遠くなった。 気を取りなおそうと、買っておいたボタモチのパックをあける― 「あー、ネズミ!」 半分になったボタモチとおらを見比べながら、 「三太くん! 君、見てたんでしょ? ネズミに買収された?」 おら、知らね。ネズミ退治(※5)はおらの職務管掌じゃねい。
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| (293) 三太秋田犬 | |
| おかあが蘭さん(※1)のこと書いたんで、新聞記者さんたちも「秋田犬」の記事を書く(※2)。 ロシアへ飛んだ「ゆめ」ちゃん、元気で育ってる。良かった良かった。 蘭さんは、本名「蘭菊」、通称「ラン」、でっかくって穏やかな雌だった。 蘭さんの鳴き声、っておかあの記憶に無い。秋田犬だから、ゆめちゃんのお母さん・ララさんと同様、【うなったり、ほえたりしない。】 喧嘩に強い蘭さんは、他の犬を相手にしなかった、【歯牙にもかけず】って。 おかあ、おらを振り返る―【弱い犬ほど、よく吠える】―だと。 日本犬好きのおかあ、ほんとは秋田犬を飼いたい。けど、体重10kgの小型犬のおらよか20センチも背が高くて30〜50kgにもなる大型犬の秋田犬は、とうてい世話できねい。 おかあの力じゃ、15kgのゴロー先輩が興奮すると、引きずられた。犬同士の喧嘩に巻き込まれて怪我もした。 或る日、ゴロー先輩と林の中を散歩していて、ドーベルマンに襲われた。 うなり声も立てず、走って来るなりゴロー先輩の耳に噛みついた。2匹の激しい乱闘・・・ おかあ、必死で声あげた「助けてぇー!!」 近くにいるはずの、ドーベルマンの飼い主に聞こえるようにと。 ゴロー先輩も、めったに【うなったり、ほえたりしない。】けど、黙ったまま、出会いがしらの犬に噛みついたことがある。 ほんとの攻撃は、予告なんかしねいもんなんだ。 おら、いろんな声を出す。けど、よその犬に噛みついたりはしねい、非暴力無抵抗(※3)。 新聞の投書欄に『飼い犬 まさかのガブリ』(※4)。 3歳の柴犬「ハチ」君に、初めて噛まれた名古屋の飼い主さんは 「情けないやら痛いやらで涙が止めどなく流れてきた。」 そりゃ、咥えてる骨を取ろうと手を出したほうが悪い。 おらとつき合ってきたおかあにゃ、「飼い犬に手を噛まれる」のは【日常】。 昔っから、「犬が人を噛んでもニュースにならないけど、人が犬を噛んだらニュースになる」っていう。 けど、新聞のデスクさんは、「飼い犬が人を噛んだ」のは、ニュース=【非日常】だと思って採用したんだ。 名古屋の飼い主さんは言う、「今度もし、かんだら庭で飼うからね」 おら、庭で飼われてる頃にも噛んだ。屋内で飼われてる今も噛む。
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| (292) 三太お使い犬の続きの続き | |
| アメリカで、小学校3年の男の子ヘンリーくん、がり痩せの迷子犬にすり寄られた。(※1) ヘンリーくん、あばら骨が浮いてるからって、【アバラー】って名前つけて、「自分の犬」にした。 乏しい小遣いから、アバラーに鑑札を受ける費用、首輪、皿、そして週一度馬肉1?を買う。 今日は、買い物が多い。ヘンリーくん、アバラーさんに、馬肉の包みをくわえさせた。 うちの冷蔵庫まで運ぶ、お手伝いには違いねいが、アバラーさん自身のための仕事だ、それでも「お使い」って言うのかな。 1分後、アバラーさんは、自分のお腹に納めた。【合理化】 イギリスで―
たいていのうちで、子どもはねだる「犬飼ってぇ〜、絶対、世話するから〜」 根負けした親は、「世話をする」って堅い約束させて飼い始める。 親は情操教育のつもり。 子どもがする「世話」は、散歩に連れて行くことと、餌をやること、といっても、お母さんが用意した食器を犬の前に運ぶだけ。食器を洗うのは誰? 一番かんじんな排泄の始末を子どもにやり遂げさせるうちはまずない。 子どもは三日たつと飽きる、堅い約束を破った子どもを罰する親はまずない。 とんだ情操教育だ。 あ、約束たがえても永田町のボスになれる国だから、いーのか。
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| (291) 三太お使い犬の続き | |
| 漫画サザエさんには、首に風呂敷包を結んだお使い犬が1950年から74年にかけて計9回も登場したんだと(※1)。 京都市内で1960年代に豆腐屋さんに来ていたお使い犬を見た、けど、お使いするほど飼いならされた犬は珍しい存在だったはず、って奥野卓司先生は言ってる(※1)。 東京都内で1950年代。おかあのうちの秋田犬・蘭さんは、ひとりで豆腐屋さんへ行った。 買い物に行ったんじゃねい、実家へ行ったんだから、里帰り犬だ。 永田町で2012年。病気だからって、暇もらったプリンスが、しぶとく戻ってきた(※2)。 辺野古移設もTPPも、美国のいうことを何でも呑み込むんで『うわばみ』って呼ばれる。 「お札を刷れば景気回復する」って手品を見せるし、約束はすりかえる(※3)し、『マジシャン』って呼ぶヒトもいる。 おかあの仲間は『ゾンビ』(※4)って呼ぶ。 永田町のボスは、代々、美国のお使い犬を勤めてきた。 遠隔地飼い主の意に沿わねいとクビが飛ぶ。 おら、「お使い」はしねい。 目標はイギリスの大先輩「ディド」さん。 <もっぱら頭脳労働を任とする知識犬>を目指して、アニマル・セラピストを勤めている。(※5)
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